父親

父は哀れな貧しい人間だ。

彼はもともと貧しい精神の持ち主だった。
そして、だからこそ貧しさを原動力として動いていてそこそこに裕福だったけれど、今の彼はスマホのちっぽけなゲームとアルコールとタバコと…。
全く、外形的にも下らない人間に成り果てた。
 
彼はこんな遅い時間まで起きている。
彼は全く話さない。私も閉じ籠りでまた話さない。
 
彼が働く支えというのはもはやない。
私と弟に嫌われ、母には不倫されているのだから。
もちろん、これは全て彼自身の態度、行動、雰囲気が招いた事態だ。
母の行動も私には悲しかった。
母のこともまた嫌いだが、まだ母のほうが御し易いので私は醜悪な事実へのだんまりを貫いている。
 
私には家庭が沈みかけた船のように見えてならないけど、それはきっとたった一人真実を知る私の気のせいなのだろう。
いや、気のせいにならざるを得ないのだ、公にしない以上は。
 
彼はすぐ暴力をふるおうとする。
そのたびに私は惨めに思う。
皮肉でも何でもなく、私は悲しい。
 
私もまた、何の支えもないも同然だ。
「家族」など、足枷にしかならず、暖かな概念が私をより一層苦しめる。
私の友人は家族ととても仲が良さそうにしていて、いつもこういう家族があるのかと感心させられる。
 
この血は途絶えるべきだ。
この愚かな血は絶滅するべきだ。
そういう使命感を持って生きることができれば幾らか楽に生きられただろうか。
そう思った途端、私は私で「そういう固定的な考えは阿呆らしい」と一蹴する。
 
惨めな父に対する悲しみは、過去あった小学校が、いつの間にかなくなってしまったときのような悲しみであって、私にはどうすることもできないことが前提とされた突き放された悲しみだ。
だって、彼は人の言うことを何一つ聞かず、自分が全てであるから。
 
もし、彼が遺書を残して自殺したとしよう。
私はその遺書の表面的な温かみと、一部涙に濡れた部分を頼りに、この近辺の死体を探し回るだろう。
見つけたら、私は写真をたくさんとるだろう。
顔がきちんと映るように、優しく姿勢を変えてあげるだろう。
彼の存在が私の障害であり、その障害が完治してしまうことはかえって不都合だから、忘れないようにと。
 
彼は最初から物体だったのであり、物体のふりをされても困るのだ。
不思議と母が死ぬと私は寂しさを感ずる。
嫌なことが多かったが、母は物体ではなく、動物だったから。
別にかわいがったことなんて、一度もなかったけど、どういう訳か悲しく思う。
 
こんな父がいる子の末路なんてのは容易に想像が着きそうで、それ以上考える余地のない完成された、つまらない人生だ。
 
____だけど決してそうはならない。
想像されるようであってはならない。
反動的な力で動くようではダメだ。
本当に腐ってしまう。
私はそのために父を受け入れよう。
もうどこまでいっても反動的であるのだからせめて誠実だと自らに言い張れる地点を。
 
私は他者に理解されえない存在でありたいという。
それは単に反動的な力でもって動く自分を見抜かれ、されば毛嫌いする存在と結局のところ同質な自分に目を背けていたかったからだ。
暴力的な振る舞いも他者を軽蔑する心も、貧しい心を裏打ちするかのような虚栄心もどこまでもついてくる。
 
「物体が物体のふりをしただけだった。けれど泣いた。僕は泣いたのだった。」