十年

古びた畳と本。カチカチと少々耳障りな秒針。防虫剤に添えられた絹の、箪笥から洩れ出す鼻をつく穏やかな匂い。
何もかもがとまっているようでいて、雀の鳴き声が部屋を清冽に蘇らせた。 
十年前と一致する記憶に安堵した。

変わったね、変わったねという言葉を散々聞かされた。
私もそう思う。性格はやんちゃであったが暗くなり、信じられないと驚いていた。
そしてその暗さの全てが目の下に染みだし、見た目もまた変わった。
私は変わっていないと言いたかったが、たしかに私は十年前と比べて変わり果てた。

一方で、十年ぶりにみる祖父母はよく笑ったり、私を注意してくれたりして、何も変わっていなかった。

この十年間、祖父母と会ったときのことを幾度となく想像を重ねたために、無地に絵を書いているような突拍子のない身勝手な理想を育てた。
実際は醜く、会うことによって幻滅するかもしれないおそれがあったが理想と相違ないものであった。

変わった、という言葉の衝撃。
今の私が否定されたような、変わっているのかもしれないという言葉にはしない自覚を、無理矢理に現前させた痛みがあった。

私は変わりたい、此処ではない何処かへというかたちで漠然と変わりたいと思う。
それなのに変わっていると指摘されることに悲しみをおぼえるのは不思議であるように感じる。


私はこの不思議さについて考える。
おそらくは、私は特別でありたい、つまり感情を独占したい気持ちがあるために「変わっていないと言われながらにして、こころのなかでじつはかわっているのだ」と思うことを望んでいるのではないか。
きっと心の中で変わっていないと本当に思えたのなら、私は悲しくなる必要がなかったかもしれない。
「傘を携えながら濡れる、その理解しえない重さが私の唯一の救いである」とは正しく私を表しているのだ。


____独りになった今、今がくだらなく思える。
夕方、目を覚ましたときほんのたまゆらあの家の匂いと雀の鳴き声と、天井が見えた。けれども、また数瞬のうちに、ここが寝ていた場所であることを理解した。
おじいちゃんおばあちゃんと、それから少し経って弟とも握手して別れ、独りになった。
私の注意を一心に受け止め留めさせてくれる存在はなく、自分の部屋でさえ異物のように感じて具合が悪い。

私はつよく寂しいがとにかく、寂しさに充溢していよう。
それだけにひとつ夢が叶ったこと、その幸福に浸ることができたのだろう。